窮鼠嚙猫
PM8時 グラウンドを囲う柵と柵の間に黒い影が見えた。
闇の中、黒い影が震えているのはわかったが、猫は警戒して私が近づくと端へ端へと逃げていく。
救ってやろうとしてるのに、可愛くないなと私は踵を返して、またぐるぐるとグラウンドを廻った。
猫も、柵の中をぐるぐる廻っていた。
「ライン、ダウンロードしてあげて」
お局さんから渡された真新しいスマートフォン。
お望み通り、私の手で飲みこんでいく。
「この前の焼き鳥屋、美味しかったな。」私にだけ聞こえるように部長が言う。
私もほんの少し頷いて、お望み通り、可愛い部下は物分かりよさそうに眉を寄せる。
「ほんとに美味しかったです、また是非。」
断れるわけなく、私と部長がぺらぺらのラインで繋がる。
(誰も触るわけでもないのに、誰のために)
脛の毛を剃りながら、自問自答を繰り返す。
使い古した手ぬぐいで優しく撫でて。
誰かさんがくれたヴェレダのオイルが湯を濁らせて。
せめてこれ以上、この躯が乾いてしまいませんようにと肌を侵食していく。
(誰のために)